Pulse D-2

呼んで、君の声で

 人でごった返す渋谷駅構内を、少年が一人、慌てた様子で駆けていく。東横線からの長い階段は、エレベーターと競走するには圧倒的に不利だ。
「あっ…」
 その焦りに、足がもつれる。
 思った時には遅かった。体が宙に浮く。続く、落下の感覚。
 受け身を取ることすら忘れて思ったのは、閉じるエレベーターの扉の向こうへ消えて行った弟の姿。
「…輝二…」
 こんなのってありなのか? どうして一人で行っちゃうの?
 薄れていく意識の中で、短くその名前ばかりが繰り返されていた。



「ダスクモン。いい加減に協力して貰うぞ」
 浅い眠りは、ふいの来訪者によって破られた。とかくダスクモンに対して難癖をつけたがるメルキューレモンの声だった。
「協力?」
 おかしなことをと言いたげに、ダスクモンは顔を上げる。
「自分たちの手には負えないと観念したのか」
「馬鹿を言うな。ケルビモン様の命令でなければ、誰がお前などと組むものか」
 小馬鹿にした言いぐさに、メルキューレモンも言葉に嫌悪を含ませる。
「ケルビモン様、か…」
「――何が言いたい?」
「別に」
 睨むメルキューレモンを気にもせず、ダスクモンは腰を上げる。
「いいだろう。付き合おう」
「一度はお前もしくじっているということを忘れないことだな」
 メルキューレモンの言葉には沈黙で答え、ダスクモンは先に立って居城を後にした。
 忘れるなど、あり得ないことだ。
 目的地へ向かう道すがら、ダスクモンは何度も心の中でそう繰り返した。
 敵となっている五闘士と戦った時の、あの感覚は忘れようがない。目の前で進化を解いた者の姿と告げられた「こうじ」の名に、乱れて止めようのなかった自身の心は、不可解なまま今でも彼の中に残っていた。
 その理由を突きとめたい気持ちと、触れずに無視しろと唱える理性とが、強くせめぎ合っているのを感じる。だがそれは、どれほど決着をつけようとしても、迷うばかりで決めかねる事柄だった。
 メルキューレモン、ラーナモンと別れ一人になると、周囲の環境データを書き換えながらダスクモンは戦闘に備える。
 空は闇を濃くし、木々も大地も色彩を失う。辺りの全てが彼と同調するように深く静かな闇色に染まる中、まずは余計なことは考えまいと、ダスクモンも戦闘の気配だけに精神を集中する。
 やがて森がざわめき始め、さして離れてもいない場所でいくつかの光が飛び交う様子が見て取れるようになった。ズン、と響くのは木の倒れた音か。
 その音の響く方からダスクモンの待つ崖の方へ、次第に気配は近づいてくる。森が切れて荒れ地へと変わる境目が、ダスクモンの攻撃地点だった。
 音も無く、ダスクモンが右腕を振り下ろす。風圧が地を削りながら一直線に進んで行く。横殴りに飛ばされてきた白い姿を、その風の切っ先が捕えかけた。
「うわぁっ! ダ、ダスクモンッ!?」
 寸前でよけたブリザーモンが、驚きの声と共に彼を見遣る。再び腕を振り上げるダスクモンとの間にヴリトラモンが割って入り、炎でダスクモンを巻いた隙に早口に言った。
「ダスクモンの相手は俺とガルムモンがする。みんなはあっちを頼む」
 言う間にもガルムモンが並び立ち、ブリザーモンは森へと引き返して行く。
「いいのか? 五人でもてこずっていたものを、二手に別れたのでは勝ち目はないぞ」
「やってみなけりゃわかんないだろ」
 まとわりつく炎を掻き消して、ダスクモンは冷やかな言葉を掛ける。そうして、答えるヴリトラモンからゆっくりと、視線をガルムモンへと移して行った。
「よそ見してんなっ」
 舞い上がったヴリトラモンが、コロナブラスターを放ちつつダスクモンへと降下する。その威力が以前よりも上がっていることに気付き、ダスクモンは攻撃をかわしていく。その横から放たれたガルムモンのソーラーレーザーを吸収するか回避するか一瞬迷い、結局避けてかわりにヴリトラモンの体当たりを受けた。
「くっ…」
 やはり以前とは違うと思いつつも、すかさずヴリトラモンの腕を掴んで投げ飛ばす。相手も素早く起き上がりダスクモンのレーザーをよけたが、飛び退いて着地した彼が再び攻撃の体勢をとると、強く短い制止の声が発せられた。
「だめだ、拓也」
 声の主を見遣って、ヴリトラモンが彼を庇うようダスクモンの前に立ちはだかる。
 ヴリトラモンの背後へ半ば隠れたガルムモンを、淡い光が取り巻いた。獣の姿がぼやけ、ほっそりとした形へと変化する。
 この状況で、人間に戻るというのか…
 驚くダスクモンの目前に、先日来、脳裏に焼きついて離れない姿がはっきりと現れた。
「こう…じ…」
 またあの感じだ。心が暴れ始める。
「お前は、一体――」
 呟いて立ち尽くすその様子に、ヴリトラモンが僅かに輝二をふり向く。
「輝二、やっぱりこいつ!」
「やっぱりだと? 何のこと…」
 不快そうなダスクモンの声。それを、緊張した面持ちの輝二が遮った。
「お前…輝一なのか?」
 こういち――?
 何かが胸を叩く。
「木村輝一なのかと聞いてるんだっ!」
 きむらこういち…
 ドクン、と胸が鳴る。
「お前は、俺のっ…」
 言いかけた輝二を、背後からメルキューレモンの発した閃光が襲う。輝二とヴリトラモンがはっと動く。だが、最も早かったのは、攻撃の全てを捉えていたダスクモンだった。
「血迷ったか、ダスクモンッ!」
 攻撃をかわされ、メルキューレモンが怒りにふるえる。それを聞きながら、腕の中に抱え込んだ輝二を目にしてダスクモンは息を詰まらせた。
「俺が間違ってるのか。それともお前が忘れてるのか?」
 苦しげに眉根を寄せて尋ねる少年。
 心が壊れる、と思う。頭が割れそうに痛む。
「クッ…ウゥッ…」
 低く唸ったダスクモンが、左腕で輝二を投げ出す。
「ツッ――」
 輝二が地を滑るのと、ダスクモンが荒い叫びを上げるのとがほぼ同時だった。機を逃さずメルキューレモンが襲いかかる。
「裏切り者めっ!」
 剣を兼ねる右腕を、ダスクモンはやみくもに振り回す。それは迫ってくるメルキューレモンへも向けられたが、輝く鏡に遮られ強く弾かれた。
「輝一っ」
 崖際へと飛ばされたダスクモンに輝二が叫ぶ。
 立ち上がる彼を援護するように、ヴリトラモンもメルキューレモンへ攻撃を繰り出す。しかしそれも、鋼の闘士のジェネラスミラーに全て返されてしまう。
「さらばだ、ダスクモン」
 嘲笑うよう言って、メルキューレモンは両手を胸の前に構えた。
「セブンヘブンズ!」
 眩い光弾がダスクモンを襲う。
 胸を、腹を、えぐられるような感覚の中、必死に近付いて来ようとする姿だけが鮮明さを失わない。
「…う、じ…」
 足元の大地が途切れ、ダスクモンは宙に浮く。
 崩壊しそうな自らのデータを手繰り寄せるかのように伸ばした両腕の先、もう遠くなった崖の上に、駆け寄った少年の顔が覗いた。
「兄さーんっ!!」
 悲痛な叫びがダスクモンの元へも届く。歪む彼の表情にダスクモンの胸が痛む。
 だが、次の瞬間、その姿はメルキューレモンの攻撃とヴリトラモンの翼の向こうへと消えてしまった。
 兄さん、と言ったのか? そういう関係なのか、俺たちは。…まさか。
 そう思うのに、胸の奥で声がする。
 ああ、また扉は閉じてしまった。
 また俺は、間に合わなかった。
 悲しみと悔しさとに満ちたその内なる声に、ダスクモンは意識を向ける。
 ぼんやりと見上げたままの目には、彼を救おうとしたらしいシューツモンが映っていたが、カルマーラモンに阻まれて果たせなかったようだった。
 また、落ちて行く。
 またお前と、離れてしまう。
『…輝二…』
 と呟いていたのは、自分の中のもう一人の自分――?
 分からない。分からないけれど、これは確かな記憶だ。
 ただ、今一つだけ、違うところがあった。
 お前が、俺を見てくれた。その声で、俺を呼んでくれた。
 頼むから教えてくれ。この胸に溢れてくる想いは何なのだ…?
 薄く、視界にもやがかかる。ダスクモンは深く息を吐く。
「輝二――もっと、呼んでくれ」
 お前の声で、俺を呼んでくれ。闇に包まれたこの心の中を、その光で照らし出して救ってくれ。
 そうしたらきっと俺もお前の所へ行くから。誰よりも先にお前の元へと駆けつけるから。だから、俺を……
 何故そんなことを思うのかすら分からないまま、深い谷底へとダスクモンは落ちて行った。

更新日:2002.09.24
なあ~んちゃって。てへっ!
『本編での本当の再会シーンが出てくる前に勝手に妄想しとこう企画第2弾!』(笑)
という感じで、ダスクモン登場。大好きです。
拓也と輝二の間では既に輝一に関するやり取りが行われている、という前提のもとでのワンシーン。
「ダスクモン=輝一」の式を導き出すにはまだまだ要素が足りないんですが、
ま、その辺は目をつぶって、これくらい夢見させてよ~(大笑)。
セラフィモンの技、セブンヘブンズで合ってますか?
メルキューレモンのはジェネラスミラーでOKですか??
ついでに、転落兄弟(笑)ということで、兄の転落に始まり兄の転落に終わる話にしてみたり(^_^;)。
ああん、弟も一緒に落っこちてくれれば良かったのに!(笑)
ひとりで落としてごめんね、輝一。愛してるよ。

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