Pulse D-2

lock or unlock?

「ほら」
 突然目の前にぶら下げられたものに、五飛は一度僅かに顔を引く。それから、目にしているものが部屋の鍵であるのを確かめて、手に取り扉を開けにかかった。
「なくしたのか?」
「わからん」
 あると思った場所になかったから探していた、と続けた五飛の後ろで、トロワの小さからぬため息が聞こえた。
「何度も言うのは…」
「嫌なら言うな」
 振り返ることなく言い切り、差し出した鍵をトロワが受け取るのを待って五飛は部屋へ入っていった。
 二人で借りた部屋なので、それぞれが自分用の鍵を持っていた。昔ながらの金属製の鍵は複製もしやすいが構造が単純で理解もしやすい。彼らは宇宙での生活で電子鍵に慣れていたが、地球で暮らし始めた時にはそれを捨てた。電子鍵へと替えることはせずに、彼らが入る前にそれ以前のものから付け替えられていたのをそのまま使った。
 古いアパルトマンには似合わないものだし、揃いの鍵を持つというのは少しばかり親近感が増して楽しい。トロワがそう言うと、
「馬鹿なことを言うな」
 と五飛は鼻であしらった。
 そんなやり取りのせいではないだろうが、五飛はよく鍵をなくした。キーホルダーに付けていても、鞄の中に入れておいても、家に戻った時には何故か消えていた。
「外でそんなに暴れているのか?」
「ごく普通に歩いているだけだ」
「そのうちこの街の人間は全員ここの鍵を持つことになるんじゃないか」
 からかうトロワに「やかましい」と返してはいたが、自分でも不思議そうにするのは隠さなかった。
 いったん自室に入り、それから居間で顔を合わせる。五飛は憮然としたままテレビをつけ、向かいにトロワが座っても目を向けようとはしなかった。
「言いたくなくても言うなと言われても、言わなければならないことはあると思うんだが」
 珍しく口調がきつい。そう思って一瞥したが、目が合う直前で五飛は視線を逸らした。
「家に入れなければ困るだろう」
「悪かった。気をつける」
「もう何度も聞いた」
 むっ、と五飛は黙り込む。テレビは賑やかなコマーシャルに変わった。
「ではどうしろと言うのだ」
「俺がずっと家にいるわけにもいかなしな」
 トロワは答えてから、口の端を片方だけ小さく上げた。
「それはそれで楽しいか」
 俺がいつでもお前を出迎えよう。
「ふざけるな」
 五飛は嫌そうに眉根を寄せた。だがそうしながら見遣った先のトロワの手の中に、小さな直方体があるのに気づいて尋ねた。
「何だ?」
「プレゼントだ」
「だから、何だ?」
 苛々するのに構わず、トロワはテーブルの上に箱を置く。シックな色合いの箱に細い飾り紐が掛けられただけの簡単な包装。手に取るより先に贈り主を見上げると、澄ました中に独特の薄笑いを浮かべていた。
 絶対何か良からぬ物だ。
 しかめ面のまま開けてみる。そして、五飛は脱力した。
「貴様…」
 中にはペンダントが入っていた。
「たちの悪いことを…」
「趣味も悪いだろう?」
「最悪だっ!!」
 ペンダントトップが『鍵』だった。
「肌身離さず持っててくれ。俺の愛の証だ」
「ぬかせっ!!」
 笑いながらトロワは、コーヒーをいれにキッチンへ向かう。
「なのにぼくはキーをなくしてしまったんだ。君の心の鍵を開ける。あれさえあれば、君は今でもぼくのもの。なのにああ、ああ、ぼくは――」
「黙れっ!!」
 妙なリズムの歌を口ずさむトロワの背に、五飛が怒鳴りつける。それに合わせたように画面を切り替えたテレビが、こともあろうに通販商品としてのネックレスの案内を始めた。
「くそっ」
 悔し紛れに空き箱を投げ付けスイッチを切る。すると、トロワの歌がまた聞こえてきて五飛にため息をつかせた。
 やれやれと首を振りながら、それでも五飛は小さな装身具を手に取ってみる。革紐かと思ったら、中にごく細い鎖が仕込まれていた。トップの鍵は頭の部分がかなり小さく作られ、シンプルな棒状のキー部分は黒塗り艶消しが施されていた。
 言うほど見た目は悪くない。むしろ、五飛には似合いそうなものだった。
 トロワは気づいたのかもしれない。
 鎖をいじりながら五飛は考える。
 鍵を持つ必要などなかった自分。必ず誰かが迎えてくれた家。修行の声、料理の香り。ひとりで生きることを意識したことのなかった自分。そして、それを無意識にトロワに求めている自分……
「だがそれはフェアではないな」
 それが自分にとってもトロワにとってもどんなに重いものか、わかっているはずではないか。それを希うのは酷なことだ。返らないものを望むのは無駄なことだ。トロワからはもっと別のものを幾つも与えられているはずではないか。
「ここは俺たちの家なんだから」
 だいぶ眺めてから首に掛けたところで、コーヒーと共にトロワが現れる。カップを二つ、テーブルに載せる。ゆっくりと視線を合わせるとトロワは微かに目を細めたが、それ以上何も言わずにカップに口を付けた。
 誰もいない部屋に帰るのは嫌だった。独りを感じるのは恐かった。でも、それはトロワも同じだったのではないだろうか?
「食事は外でとろう」
 やがて五飛が口にする。トロワは大きく弧を描くようにくるりと目を回して、それから五飛を見て言った。
「なくさないかどうか試すのか?」
「もうなくさない」
 自信たっぷりに五飛は告げる。信じよう、とトロワが返し、揃って喉の奥で低く笑った。

掲載日:2005.03.26


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