Pulse D-2

水澄むところへ

 前日までの快晴はどこへやら、外出を予定していたその日だけ雨になり、伸は自分の運のなさを大いに嘆いてふてくされていた。我ながら子どもっぽいとは思うものの、せっかく二人揃って取れた休みだっただけに悔しさも倍増したのだ。
「そりゃあ、天気に左右されるような予定を組んだ僕が悪いんだけどさ」
 そう言う伸を静かに宥めて、征士は二人で食事を作ることを提案した。家にある食材でどれだけのものを作れるか、腕の見せどころとばかりにはりきる伸を見るのは好きだったし、伸のほうでもゲーム感覚であれこれと考えを巡らせるのは確かに楽しく、満足そうに食べる征士を見れば嬉しくもなる。気持ちを切り換えて調理を始めれば、もう天気のことなど頭の中から消え失せた。
 そうして始めた一日は、雨に閉ざされながらもやわらかな空気を漂わせる時間となった。雨は時おり音を高くしたが、その様子を見遣る伸の目は優しい。雨に海の香りが混ざっていると言って、サラダに散らした白身魚を口に入れる。
 学生時代には尾頭付きの魚が苦手だった伸も、今は平気で丸ごとの魚を買ってくる。
「海の幸のおいしい土地に住んでいながら新鮮な魚をさばけないなんて、むしろ魚たちに失礼だよね」
 そんなことを言って三枚おろしの練習を始めたのは、社会人になり海辺の町に暮らすようになってからのことだった。料理上手の伸のこと、もちろんあっと言う間に上達した。いまだに征士は調理する伸の背中を見て、その頃のことを楽しく思い出す。同時に、伸の大小さまざまな努力を思い、敬服したくもなる。対する自分はそれだけのことをできているだろうかと顧みることもあった。
「あのさ」
 見ていた映像の音が低くなったところで、
「僕、陶芸だけでやっていこうかと思って」
 と伸が静かに口にした。会社勤めのかたわら続けてきたものを、生業としてやっていきたいと思うようになったというのだ。定期的に売る場もあり、忙しそうだとは征士も感じていた。今実際に彼らが使っている食器も、ほとんどは伸の作ったものだ。
「精神的にも経済的にも、苦しくなることはあると思う。そういう時、僕はもしかしたら君に当たり散らすかもしれない。家のことも何にもしないで、ずっと閉じこもることもあるかもしれない。なるべくそうならないように気を付けるけど……」
 いったん落とした視線をすぐに上げる。
「どうしようもないときは、助けてもらえるかな?」
 眼差しに力があった。まっすぐに未来を見すえる目だった。期待と信頼に溢れた視線だった。その目をしっかと捉えて征士は深く頷く。
「承知した。心しておく」
 ありがとう、と笑う伸を抱き寄せた。
「頼ってもらえて嬉しく思うぞ」
 不安や弱さを見せることを、自分たちはいつ覚えたのか。相手の弱さも自分の不甲斐なさも認めて手を携えることを、自分たちはいつの間にできるようになったのか。気づけばそれはあたたかく胸を満たし、過ぎた月日の尊さを知らせる。
 抱き締めて、頬に口づける。くすぐったそうに伸の肩が揺れた。

掲載日:2018.06.02
SCC27(トルーパープチオンリー「武装演舞4」:2018.05.04)配布用ペーパーにて発表。
30周年のお祝いを兼ねたイベントでしたので、45歳くらいの2人をイメージして書きました。どうかな?


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