Pulse D-2

the port of my heart is always open

 年イチで告白――自分がそんなことをするようになるとは思ってもみなかった。
 毎年感じる葛藤を胸に、征士は約束の店へと急ぐ。時間厳守がモットーではあるが、そのために慌てて事故など起こすなとは、待ち合わせのたびに自分が言ってきたことだ。
『十分ほど遅れる』
 一言だけメッセージを送っておいた。
 返信がなかったのでお互いさまかと思っていたが、着いてみると既にそこには当麻の姿があった。
「へっへー、時間どおりに来てやったぜ。今日はお前のおごりな」
 顔を見るなりしてやったりと笑う当麻に、征士のほうは軽く頭を抱える。当麻のこういうところは本当に昔から変わらない。そしてそんな様子すら愛しく思えてしまう自分にも、ため息を漏らさずにはいられないのだ。
「冗談だって。誕生日の奴におごらせねえよ。ま、プレゼントもないけどな」
「いらん」
 短く答えて席に着いた。
 チェーン展開している居酒屋から個人経営の小料理屋へと行きつけの店が変わった以外、学生時代と大差ない夕食の席。頻度は二週から四週に一度ぐらいか。話す内容も仕事のことに限らず、政治経済から赤の他人のゴシップや豆知識まで、当麻の興味の範囲で次々と展開される論は征士を飽きさせない。意見を求められればもちろん応じるが、基本的に征士は聞き役だ。それでいて当麻のほうが多く食べているのを不思議に思っていたが、気づいてみると簡単な話で、当麻が話す間も、料理や酒に手を伸ばす間も、征士のほうは食事の手を止めてそんな彼を満足そうに眺めていたのだ。
「当麻、私と一緒に暮らさないか」
 区切りがついてビールをあおった当麻に、静かな調子で征士は言う。
「……なんだ、今年は早いな」
 まず視線で応え、その後に当麻は言葉を発した。例年より四カ月早いのだ。うむ、と征士は頷く。
「私の誕生日に告白して、良い返事をプレゼントとして貰うのもいいかと思ってな」
 真面目な顔で答えれば、
「プレゼントいらねえって言ったくせに」
 と当麻は笑う。確かにそうだと腕組みをして頷く様子を見ながら、それでも当麻は笑いをおさめてグラスへと目を落とす。
「うん、まあ、提案としては悪くないけどな」
「悪くないか」
「ああ、悪くない」
 視線をそらしたままの言葉をどう捉えたものか。はっきりとした返事を聞けぬままに食事を終えた。
「寄り道してこうぜ」
 店を出るなり言って当麻は歩き出す。終電には間に合うはずだからと、最寄駅から四十分ほど電車に乗る。さらに少し歩いて着いた先は、何度か来たことのある海沿いの公園だった。
「俺との初めてのデート、覚えてるか?」
「デート? お前と?」
 聞かれて征士は驚く。付き合ってもいないのにデートなどしているわけがなかろうと。
「あ、付き合ってねえからデートもない、って思っただろ、今」
 続けて言われ、返答に困る。こういうことは大抵図星だ。表情に出ているのだろう。僅かに眉間に皺を寄せた征士を見て、当麻は小さく笑う。それから足を止め、海へと目を移した。
「初告白のあともさ、お前、ずっと普通に友達やっててくれただろ。それが俺にはありがたかったし、不思議だった。スッパリと諦めてくれたのかってほっとしたけど、なんかつまんねえ気もしてさ。だからちょっと嬉しかったんだ、花火見に行こうって言われて」
 花火……学生時代に何度か一緒に見たはずだと思い起こす。ここでも見た。当麻と二人でならそれが初めてだ。
「あれはデートと呼べるものになっていたか?」
「俺の中ではな」
「そうか。……今さらだが、嬉しいぞ」
「だな。今さらだ」
 笑う気配は海に向けられたままだ。
 高校一年の秋、彼に気持ちを打ち明けた。友人ではなく恋人になりたいのだと。そして「それは無理」と一言告げられ、一晩眠れず悩み抜いた。翌日、その後の方針の決まらないまま寝不足で午前の授業を終えた後、弁当を机の上に置いたところで当麻が隣に立った。
「一緒に、飯食って、いいか?」
 ぼそぼそと言いにくそうに言って視線を下げる。その目を見上げた一瞬でわかった。これはもう、一生消えない想いだと。
「もちろん」
 自然と笑ってそう答えた。
 花火に誘ったのは翌年のことだ。梅雨入り間近の、夏を先取りしたような花火大会。開港記念日を祝うというその会場まで家からはだいぶ距離があったが、無理な遠さではなかった。港近くの公園で、海の上に上がる花火を二人並んで眺めた。多くの観客に紛れ、笑いを交えて感動を受け流し、抱き締めたくなる気持ちを固く握り締めた拳にしまい込んだ。十五年もたってから思い返すなど思いもしなかった。
「後先考えず感情にまかせて動くってのが、俺にはできなかった。お前と恋人って形で付き合ったらどうなるのか、頭のほうが先に動いてそりゃ駄目だって答えを出した。ごめんな」
 黙って頷く征士に、それでも、と当麻は続ける。
「それでもずっと、俺の気持ちはお前に向いてた。心を閉ざすことなくここまでこられた。きっと、お前が俺から目をそらさずにいてくれたからだ」
 並ぶ征士と視線を合わせる。
「時間がたって、少しは時代も変わったし、そろそろいけるかなって。ちゃんと先のことも考えて、お前とならやってけるかなって思うようになった」
「では……」
「ま、お前もちょっと言うこと変わったし」
 そこでようやく目元が笑った。
 征士の求めるものが「付き合う」から「一緒に暮らす」になったのは、前進したのか後退したのか。当麻の中での位置づけはわからなかったが、少なくとも受け入れられたのが嬉しく、溢れる想いとともに征士は腕を伸ばした。が。
「でも今夜はこれ以上付き合えねえけど」
 さらりとかわして当麻は歩き出す。肩透かしにため息を一つ。仕方なく続いて歩きながら、週末にまた会おうと征士は持ちかけた。
「うわー、なんかそういうの、それっぽくてやだなー」
「それっぽくてとは何だ。一緒の時間を過ごしたいだけだぞ」
「もっとあれこれしたいくせに」
 ちらりと悩む間に遠くの汽笛が割り込む。
「……そういうことを言うな」
「否定しねえし!」
 声を立てて笑う当麻の髪を、右手で目一杯かき回した。

掲載日:2021.06.23 / 6月2日 横浜港・長崎港開港記念日

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