Pulse D-2

time-generator

 梅雨の晴れ間というのだろうか。出勤の準備をする間にも雲は少なくなっていき、朝食のテーブルに落ち着いた頃には外はすっかり快晴になっていた。例年より二週間近くも早い梅雨入り。日毎の寒暖の差が激しすぎて少しばかり鬱陶しい。
 テーブルの上に細長い箱らしきものが置かれていた。深緑の包装紙に包まれている。手に取ると、包みの下に名刺サイズのカードがあった。
『誕生日おめでとう』
 当麻の文字だ。包装をといてみるともう一枚。
『なーんてな』
 布貼りの箱の中身は腕時計。先日動かなくなったのを、当麻が修理に出しておくからと言ってくれたものだ。預けたままになっていたのだが、本当に修理に出したのか自分で適当にいじってみたのかは征士にはわからない。
 左腕に時計をはめる。重みに安心する。
『もう十五年か』
 当麻からプレゼントされた時計なのだ。当時の自分には高価すぎると思えたこの贈りものを、
「就職祝いもしてなかったし」
 と言って受け取らせた。
「それに、お前なら長く大事に使ってくれるだろ」
 時計とともに贈られた言葉は今も胸に残っている。
『当麻がくれたものなら尚更な』
 包装紙をきれいにたたみ、最初に贈られた時のままの箱はまたしまいこむ。
「行ってくる」
 当麻の部屋の扉にひと声。眠っているのだろう穏やかな静けさを確認し、征士は青空の下へと踏み出した。


 チッ、と鳴った時計の音に、征士はサイドテーブルへと目を向けた。ベッドの上から手を伸ばす。腕時計を掴んで戻るその動きに、隣で寝ていた当麻が瞼を上げる。
「何?」
「ああ、済まん」
 右手で当麻の髪を緩く梳く。長い指の柔らかな動きを気持ちよさそうに受け止める当麻の表情は、征士のこよなく愛するもののひとつだ。髪から瞼、目尻、頬へと口づけを落とせば、くすぐったそうに、
「何だよ」
 と笑う。
「とても馴染んでいたのだと思ってな」
 意図したものとは違う返事に、当麻の視線が征士を捉えた。左手に持つ腕時計を彼の目の前に掲げてみせる。薄明かりの中で瞬いて、照れくさそうに口元を歪めるのが見えた。
「ちゃんと直ってるだろ?」
「ああ。ありがとう」
 静かに告げ、当麻の左の頬をそっと撫でる。その指先を掴んで引き止める一方で、当麻は右手を挙げ征士の手から時計を引き取った。
「これ、な。ほんとに長く使ってもらえるかなって、実は少し不安だった」
 時計を見つめる青い眼が僅かに細められる。
「やだろ、別れた相手からもらったもん、いつまでも使ってんの。…かといって早々と壊れられても癪だしな」
 薄い苦笑に胸が熱くなる。当麻の手首を掴み、骨張った手の甲に唇を寄せる。
「何度直してでも、使い続けるつもりでいたぞ、私は。最初から」
 目を合わせることなく、うん、と頷く姿。秘やかな願いのように低く呟かれる声。
「俺も、お前に馴染んでるといいな…」
「誰よりも、何よりも」
 耳元で囁き、しっかりと抱き寄せた。
 当麻の手にした時計の音が、耳の後ろで時の流れを告げる。十五年は長いだろうか、それともこの先の時間のほうがもっとずっと長くなるのだろうか。考えても、確かな答えを得られるのはまだ自分の知らない未来の話だ。その時がどうか遥か彼方であるようにと願う征士に、秒針の振れる音の間を縫って当麻の笑いを含んだ声が届いた。
「…だよなぁ」
 馴染んでないわけないよな、と当麻が笑う。
 その言いようが嬉しくて、にやりとした笑みを刻んだ唇にゆっくり深く口づけた。

掲載日:2011.06.09 / 6月10日 時の記念日

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