Pulse D-2

devil's snack is a taste of throb

 メールをしても返事が来なくなったので、また何か煮詰まっているのか、それとも突然の絶交か、はたまた助けも求められないくらい体調を崩しているのか、もっと言えばすでにこの世にないのでは……などなど、考えはするもののあまり深刻にならないのは、これまでにも何度か同じような経験をしているからだ。征士としては、ただ単に面倒なだけだろうという理由を最も有力視している。
 当麻が住んでいるのは、大学からさほど離れていない小さなアパートだ。部屋は6つあるが住んでいるのは3人。いずれも学生だ。四年制大学を4年で卒業するつもりの当麻を最後に、その卒業月より先まで住みたいという入居者は断っているという。当麻にも留年なんぞ許さんと常々厳しく言っている大家は、何を隠そう征士の祖父だ。
「当麻、いるのか?」
 2階の扉の一つをノックする。声をかけても返事がない。だがどうやら在宅のようだ。動いているらしい音がした。
「当麻?」
 もう一度呼びかける。今度はくぐもった声が返ってきた。
 さらに待つこと約1分。ようやくドアが開く。現れたのは無精ひげに寝ぼけ眼の当麻だ。
「おー、久しぶり」
「メールの返事が来ないのだが」
「わりぃわりぃ」
 頭をかきながら言われても全く謝られた気がしない。
 だがそのあたりのことは今さら言うのも面倒なので、ひとまず部屋に入ることを優先させた……のだが。
「部屋の中でサーフィンの練習でもしていたのか」
 浮かんだ想像を口にした征士に、その発想! と当麻が笑う。
 当麻の部屋は、積み上げていた本が雪崩を起こした状態で床面を埋め尽くしていた。それが大波小波と見えなくもない。
 どこで寝ていたのかと見回せば、3畳ほどのキッチンに何となく布団が敷かれている。冷蔵庫と調理台の間、いくつかの段ボール箱が置かれた中に、押し込まれるような形で端の折れた敷き布団とくしゃくしゃの掛け布団が見えていた。
「まったくお前は…」
 仕方がないので、征士は玄関に足を置いたまま一段高くなった入り口に腰を下ろす。眠そうではあるが具合が悪いわけではなさそうなので、少しだけ安心する。
「またバイトか?」
 推測して尋ねると、当麻は口の端を片方だけ微妙に歪めて返す。この表情が実に極悪そうで好きだと、征士はこっそり思っている。
「まあな。ちょっとの金でこの上ないレポートが手に入るんだ、頼むほうには悪い話じゃないだろ。ってことで、クライアントが増えてな」
「何がクライアントだ」
 つまりは学生のレポートを代筆しているのだ。当麻はとっくに必要な単位を取り終えていて、尽きることのない知識欲を満たす一手段として結構楽しみながらやっているらしい。その点は征士も認めているのだが。
「金も知識もビジネスも結構だが、健康的な暮らしにももっと気を配れ」
 そう言いながら手招くと、寄ってきた当麻の頬に手を当てた。
「肌はガサガサ、目の下にクマ、髪はボサボサ、無精ひげは伸び放題。食事はきちんととっているのか。…随分と菓子の袋が目に付くが?」
「あ…」
 当麻がさっと目をそらす。征士は大きくため息をつく。
「主食を菓子にするのはやめろと前にも言った筈だ」
「わかってるってー」
「わかっているなら行動で示せ。IQが高いのではなかったのか」
「お前だって食うじゃん」
 口をとがらせて当麻が言う。
「別に嫌いではないが、それを食事代わりにはしないぞ」
「…副菜にならするか?」
「意味がわからん」
 何を言っているのかと、さすがに征士も頭を抱えたくなった。
『まあ、この部屋で食事をするのも大変そうだがな』
 思いながらもう一度台所へと目を向ける。以前は水道の前で立ち食いをしていたことがあった。あのとき食べていたのはハバネロの辛さを売りにしたスナックだった、などということも覚えている自分に呆れる。
『パッケージのせいだな』
 相手を苦しめたがっているような、この辛さに勝てるかと言いたげな、どうにも小憎らしい笑いを浮かべたキャラクターが、狡賢いことを考えているときの当麻の表情によく似ていると思ってしまったのだ。そして、そういう当麻の顔が心底好きだと知ってしまったことも思い出した。
 そんな話を、二人の共通の友人である伸にしたところ、
「変態だね」
 と一言告げられた。ひどい言われようだが否定はしない。やや歪んだ好みではあるだろう。
『別に顔だけが好きなわけではないが』
 目を戻すと、当麻は征士から離れ、部屋の隅の本を積み直していた。ときどき順番を入れ替えながら躊躇なく手を動かし続ける。
「それはもう使い終えた本か?」
 征士が尋ねると、当麻からは肯定の答えが返る。
「本人からの資料と、図書館と図書室と俺の」
 持ち主ごとに分けているらしい。
「図書館のと図書室のは返してきてやる」
 いつものように申し出ると、当麻がぱっと振り返る。満面の笑みだ。
「征士、お前やっぱ最高!」
 笑顔は笑顔でもちろんいいのだが、征士はやはり当麻を「にやり」とさせたいと思う。
 そんな征士には構わずに、当麻はさらに手を速めていく。少しずつ床が見えてきて、征士も靴を脱いで部屋に上がった。本の返却時にいつも使っているバッグを見つけて掘り起こし、そこに今しがた当麻の積み上げた本から数冊ずつ詰めていく。
『こんなことにばかり慣れていくな…』
 図書館・図書室の本はラベルがあるのですぐわかる。それらを詰めたところで、背中合わせの当麻から声がかかった。
「あのさ…」
「なんだ?」
 振り返らずに応じる。
「俺さぁ、そろそろスナックばっか食ってんのも飽きてきたんだけど、どう思う?」
 今度は顔だけ振り向かせる。
「飽きたのなら食べなければよいのではないか」
 すると、にやり、と当麻が口の端を上げた。
「じゃあ、今受けてんの全部終わったらお前んちに3日泊まってやるよ。どうだ?」
 思わず笑いが漏れた。泊まってやるよ、とはよく言ったものだ。つまり、征士の家できちんとした食事を食べさせてくれという話だ。
「いいだろう」
 それでいつ終わるのかと問えば、目標は2日後だと当麻は言う。
「でも、ひとまずこのへんにあるやつで健康的な食事とか作れねえ?」
 そう言って開けた箱の中には、何種類ものチップス類、クッキー類、チョコレート菓子などが入っていた。
「……まだあったのか。多すぎだろう」
「もらったんだって。レポートの手付金、的な?」
 俺が要求したわけじゃないぞと付け加えて、
「なあ、なんか腹にたまって栄養もあってうまいもん、ないか?」
 などと再度尋ねる。そんなものは自分で考えろと返すかわりに、
「没収!」
 と強く言って、征士は素早く箱を取り上げた。
「俺の飯っ?!」
 慌てた当麻が征士に抱きつく。まったく色気の欠片もない! と残念に思いつつも、当麻をくっつけたまま征士は無理やり立ち上がった。
「あとで何か届けてやる。お前がきちんと暮らすよう気にかけておけと、祖父にも言われているからな」
「それだけじゃないくせに」
 にやり。
 割と至近距離の「にやり」に、この日一番のときめきを覚えた。

掲載日:2018.06.30 / 6月21日 スナックの日
もうちょっとスナック寄りの話にしたかったなぁ…。

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