Pulse D-2

無題1

見慣れぬ路地に踏み入る姿は、見ず知らずの姿に思えて征士を一瞬ひやりとさせる。
襟元を吹き抜ける風すら二人で暮らす街に吹くものとは違う人気のない細道を、ふわりふわりと歩く彼の頭の中には自分のことを思う部分などあるのだろうか…?
けれど、数歩遅れた征士を振り向く少し暢気でいたずらっぽい眼。
「何だよ、早く来いよ」
発する言葉の雑な響きは耳になじんだ当麻のもの。
『どこにいようと当麻は当麻か』
静かに笑んで、追いついた。


見知らぬ街角に立つ姿すら、いつか目にしたかのように当麻の胸になじんで離れない。
古都の佇まいは落ち着きを生み、時折やわらかな表情を彼に浮かべさせている。
そんな征士を見れば、普段の生活を厭わしく思う。共に暮らす都市は時の流れがはやすぎて、ふとした拍子に互いの距離が開いてしまいそうで気が抜けない。
けれど、手招く征士が笑って囁く。
「買って帰るか」
見遣る先にはこの地の銘菓。
「いいねぇ」
にやりと笑って頷いた。


掲載日:2009.04.05
旅行時の企画の一つでだったでしょうか、『征当ゴディバ企画』というものがありまして、
その際に書いたワンシーンでした。だから旅先の二人なんですね(笑)。
背景に素敵な写真を入れて冊子にしてくださっていました♪


無題2

「またそんな甘いものばかり食べて」
 人の気配に続いて降ってきた声に、当麻は口に運びかけた手を止め喉の奥で軽く笑った。
「お前、その台詞、予想通りすぎ」
 振り向くと、わずかに眉間にしわを寄せた征士が洗い終えた衣類を手にして歩いてくるのが目に入る。ベランダへの通り道にあたるリビングには、冬の休日の柔らかな陽差しが斜めに入り始めたところだ。
「いいだろ、朝いちばんのスイーツは身体にやさしいんだって」
 それに最近は『スイーツ男子』と言ってだなぁ、男だって甘いもん好きを堂々と表明して不思議じゃない風潮が根付いてきてるんだから…と当麻は笑い半分に続けてクッキーを口に放り込んだ。
「何が『スイーツ男子』だ。私と一緒に起きていれば十分な朝食があったものを」
 そんな当麻に言葉を返しつつ、征士はソファに座した彼の傍らに立ち止まる。そうして洗濯かごを抱えたままテーブルの上に目を向けた。当麻の食べている安いチョコチップクッキーの箱に目を止める。姿勢を低くし、かごを置く。当麻の隣に座り込み、口を開けている箱をじっと見つめ、それからおもむろに手を伸ばし――ひっくり返した。
「なっ…!」
 ばらばらと卓上に落ちるクッキーたち。小袋入りなので食べるにも片付けるにも問題はないが、このいきなりの暴挙は何なのかと当麻は息を詰めて征士の動きを見守る。と。
 箱の底面の左右両端に親指を当て……パリッ。
 ミシン目に沿って開いた穴に指を入れ、更に左右にペリペリペリ。
 箱は左右の側面を折り目から切られて広げられ、やっこ凧のような形につぶされた。
「ごみはきちんと分別すること」
 返された箱の蓋部分に、征士のやってみせた『外箱のたたみ方』がイラスト付きで説明されていた。
 立ち上がりかけた征士が、ふと当麻へと向き直す。
「ん?」
 まだ何かあるのかと見上げたところで小さく口づけられた。
「なるほど、たまには良いな、朝のスウィーツも」
 にやりと笑って背を向ける。
 ベランダへ去っていくその後ろ姿を、当麻の高らかな笑い声が追っていった。


掲載日:2010.10.21
平和ですな、あんたたち…(^_^;)。Web拍手より移動。


無題3

 別に毒リンゴを食べさせられたわけでも長い眠りにつく呪いをかけられたわけでもなく、ただ単に昼寝をしていただけの筈だったが、その目覚めは確かに王子様のキスとともに訪れた。しかも、
『どんだけディープなキスだよ…』
 と疑いたくなるような生々しい目覚めだ。
 自分でも呆れつつ読みかけだった本を取ろうと手を伸ばしたところで、当麻は左肩にかかる重みに気づいた。金髪が揺れている。
『何だよ、王子のほうが寝てんじゃん』
 さっきまで盆栽の手入れをしていたはずの男は、今しがた夢の中で「そりゃあ眠りも覚めるわ」と思うような口づけを容赦なくしてきた男と瓜二つだ。
『…いい年して王子様はよしてくれ』
 俺は姫じゃないし、と苦笑して、今度こそ本を掴むと読書に戻った。
 静かな午後だ。暑くもなく寒くもない、当麻にとっての心地好い季節。また眠りたくなる。それをからかうかのような軽い風が吹き込み、当麻の目を上げさせる。
 当麻の座るローソファからも、午後の日を受ける庭が視界に入った。征士が手入れを怠らない庭だ。酷暑の夏のあいだも、早朝の草むしりに余念がなかった。去年より時間的な余裕もあったのかもしれないと思ったのは、長い残暑もようやく終わり、当麻の誕生日が視野に入ってきてからのことだった。
 肩口に目を向ける。豪奢な金髪の下、薄い日焼けの色がまだ抜けない。すっかり夏バテしていた自分と違い征士はずっと元気そうだったが、夏の疲れがないわけではないのだろうと隣で眠るたびに思ってきた。
「おーい。重いぞー」
 低く声を掛けてみる。反応はなし。
 でもこういう隙が嬉しいと思うあたり、すっかり終わってるな、俺、と内心ちいさく笑う。そうしておいて、一度征士の髪に頬を寄せ、彼の寝息を確かめる。健やかな、本当に気持ち良く眠っているのだろう規則正しい呼吸。
『起きるかな』
 僅かに肩を引く。左手で背を支え、右手を顎に。
『起きたら驚くかな』
 少し上向かせた顔を覗き込む。
『それとも笑うかな』
 ゆっくりと唇を重ね、静かな息を吸い取った。
 結果は二人だけの秘密。


掲載日:2018.05.23
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