Pulse D-2

天翔るものと

 梅雨の晴れ間は気持ちが締まる。雨の日にはできないことを一遍にこなしてしまおうと張り切るからだ。それは当麻にしても同じらしく、一般生活に対するふだんの怠惰さとは比べるべくもない溌剌さをもって、朝からくるくると動き回っていた。その姿を時折目の端に捉えては、征士も小さく笑って休日を過ごす。
 干し終えた洗濯物を見渡して、
「よし!」
 と何やら確認したらしい声が聞こえ、征士は草取りの手を止めてそちらを見遣った。腰に両手を当てた当麻と目が合う。
「出かけるぞ」
 またいきなり…と思いつつ、こちらも慣れた様子で従う。
 どこへと問えば当麻はにかっと笑い、
「この家にないものを見にいく」
 と言う。ほう、それは興味深いな、と澄まして返すと、今度は喉の奥で低く笑った。
 珍しく当麻の運転で着いた先は、広大な敷地を持つ公園だった。遊具もないわけではないが、全体としては雑木林や草原、遊歩道が視界を占める。二人の自宅も木々に囲まれた場所だが、雨上がりに匂い立つ緑の香気はこちらのほうが鮮やかだった。
 歩を進めると、鬱蒼とした雑木林の向こうに光るものがあった。池だ。それほど深さはないのか、水は澄んで穏やかだ。ちらちらと泳ぐ細い影に白い雲が重なり、征士は反射的に空を見上げる。
「ここは、空が広いな」
 抜けてきた林と遠くに繁る別の木々、その間に広がる草原と小さく連なる二つの池、水上に渡された木製の足場と片膝をついたまま眩しげに上空を仰ぐ征士。
「うちに池を作れねえかなと思ってたんだ。せっかく広いし」
 当麻の声に視線を戻し、征士はそっと立ち上がる。
「でも庭はお前のテリトリーだし、それに…」
 逆に当麻が顔を上げ、何かがふっきれたような表情で青空へ目を向けた。
「全部を手に入れる必要はないかも…って、ちょっと思った」
 昔は欲しければ金なり労力なりを払って手に入れた。そうすべきものも、そうしたほうがいいものも、もちろんたくさんあった。そして手に入れてきた結果として今の自分たちの暮らしがある、それはわかっているつもりだ。ただ、それとは別に、長く二人で生活する中で感じたこともあったのだ。
「今ここに来て、やっぱりそう思った。俺の手の中に収めておくのが目的じゃないんだ」
 両腕を天に掲げた当麻が、伸ばした腕の先でぐっと拳を握り、そして開く。背伸びするようなその姿勢でほっと一つ短く息を吐くのに、征士は笑って向かい合う。こちらも腕を伸ばすと掌を合わせ、しっかり互いの指を組ませた。至近で見合う形になって当麻が何度か瞬く。
「そうだな。見に行けるものは見に行こう。触れられるものは触れに行こう。食せるものは食しに、試せるものは試しに、お前の望むものにはいくらでも付き合おう。私の望むものも必ず伝えよう」
 目を細め、くしゃりと笑った当麻が「おう!」と景気よく応える。そうして照れ隠しにゴツンと額を合わせた。

掲載日:2018.06.01
初出:2018.05.04 SCC27 配布ペーパー

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