Pulse D-2

桜 (2)

 意識の浮上と共に感じたのは、首から下を覆う毛布の心地好さだった。それから、頬をさする空気の冷たさと少し重い水のにおい。
 ああ、やっぱり雨になっちゃったんだ。
 輝一は思って耳をすます。激しく降り注いでいる様子はなかったが、静かな中で、張り出した軒からバルコニーへと落ちる水滴の音が切れ切れに耳に届いていた。
 そして、それより近く、ゆっくりとやわらかな寝息があることに気づく。
 目を開けて、息をのむ。
 窓から忍び込むかすかな光が、ごく間近に輝二の寝顔を浮かび上がらせていた。
『どうしよう…』
 真っ先に出たのはこんな言葉だ。
 速くなる鼓動に合わせたように頬が思い切り熱くなる。それを鎮めようと、細かく呼吸をくり返し何度も大きく瞬いてみる。けれど、どうしても目をそらすことはできず、瞼を閉ざしたままの弟の顔を見て、起きている時より子供っぽい、眠ってる時の方がもっと自分と似てるかも、などと考えずにはいられなかった。
『違うな、って――』
 昼間の輝二の言葉が甦る。
 途端、ひどく泣きたくなって輝一は必死に息を殺した。
 輝二の言葉の一つひとつ、表情の変化や小さな仕種。彼と過ごす時間が長くなればなるほどそれらが自分に与える影響は大きくなって、楽しくなったり淋しくなったり、喜んだり驚いたり、忙しくて落ち着かなくてどんどん混乱してしまう。
「こう…」
 呼んでどうするんだ、俺のばか。
 声に出す自分を自分で叱る。それでも心は揺れ続ける。
『キス、したい…』
 すごく、キスしたい。
 ずっと思っていたことだった。思いながら、抑えつけてきた気持ちだった。
 我慢するの、やめてもいいかな?
 頭の隅で考えて、僅かに枕から頭を上げた。
 短い距離が更に縮まる。唇が近づく。吐息に触れる。心臓が飛び出しそうに暴れ、呼吸が乱れて胸に詰まった。
『好きだよ』
 触れ合う寸前、心の中でそっと告げる。
『輝二――』
 呼んで、動きを止めた。
 泣いてるみたいな自分の息遣いに気づいたのだ。
 辿り着けなかった唇が物言いたげに小さくふるえる。やがてそれは悔しげに閉ざされ、ゆっくりと引き戻された。
 ダメだよね、こんなの。
 枕の上に頭を戻すと、それを待っていたかのように大きなため息が生まれた。
 こういうのは、何か、ずるい気がする。ずるくて、むなしい。ついでに、
『俺の意気地なし』
 と思うのも止められず、輝一は顔をしかめて一度ぐっと強く目をつむった。
 姿勢を変え、天井を見上げる。ぎりぎりまで弟の側に寄ると輝一の右肩に輝二が頭をもたせかけて眠っているようになり、自分でやっておきながら顔がにやけた。
 こういうことなら平気でできるんだけどなぁ、と自分でも呆れて苦笑する。どこまでが許されてどこからがまずいのか、ボーダーラインを決めるのは難しいと思った。自分一人で決めるのは余計に難しい、と思った。
「一緒に決めてくれる?」
 今度はわざと口に出す。聞いてやしないだろうけどね、と見つめると、二秒程の間をおいて輝二が目を開けたので輝一は驚いてまた息を詰まらせた。
「お…おはよう…」
「あ、うん、おはよ…」
 幸い聞かれてはいなかったらしい。輝二はびくりと身を引いたものの、すぐに気を取り直して挨拶をしてきた。
「何時だ?」
「さあ…」
 前髪を掻き上げてから輝二が身体を返す。サイドテーブルへと手を伸ばすのが見え、彼の手元に目覚し時計の小さなライトが浮かんだ。五時過ぎ、と輝一には見えた。
「雨か?」
「うん」
「みんなに連絡しないとな」
「そうだね」
 これだけで会話が切れる。すると薄明かりの中に輝二の存在がぼやけ、輝一は心細さを感じる。
「ねぇ、輝二…」
 向けられる目には力があり過ぎ、まっすぐ受け止めるには少し辛い。呼んでおきながら輝一の方から目をそらす。
「俺――」
 何か言おうとしている筈なのに、何を言いたいのかわからなかった。ただ胸が苦しくて、妙に哀しくて、伝えたいことが細切れになって乱雑に頭と胸とに詰め込まれているような感じだった。
「俺…また泊まりに来てもいいかな?」
 やっと口にしたのはそんな科白で、自分でも情けなくなる。違う、絶対違う、言いたいのはこんなことじゃない筈だと思うのに、他には何も言えなかった。
 心の内は表情にもきっと現れていただろう。輝二にも困惑ぎみな雰囲気があった。だが彼はそれを告げることなく、うっすら笑って、
「いいに決まってるだろ」
 と、やけに優しく返答した。
「母さんとおんなじ言い方」
 嬉しくなって輝一は笑う。答えの内容も、言った時の表情や言葉遣いも、本当に輝一を幸せな気持ちにさせた。なのに、彼の言葉に輝二は笑みを消す。
「…俺は母さんじゃない」
 そして視線をそらし、目を閉じた。
「――ん…わかってるよ…?」
 何が気に障ったんだろう。考えながら返事を待ったが、輝二は低く、もう少し寝る、と呟いただけだった。
 胸の中のざわめきが、痛みを伴って広がっていく。
 たまらなくて、布団の中で輝一は輝二の肩に手を掛ける。瞼が上がり、問いかけるような目が向けられたが、構わず覆い被さるようにして首元に顔を埋める。筋肉の緊張するのがパジャマの上からでもはっきりわかった。
「このまま眠らせて」
 輝二は答えずに目を閉じる。
『雨だからいけないんだよ』
 哀しくなるのはそのせいだ。きっとそうだ。違いない。
 勝手に決めて、ゆっくり大きく息を吐く。
 再び眠りに落ちる寸前、輝二の手が腰に回されてきたように思った。


 雨天順延、と事もなげに拓也は言い切った。今日が駄目なら来週、来週も駄目なら再来週、と続けるのを聞いて、
「再来週じゃもう桜は散ってるぞ」
 と輝二は言う。そしてそれに、
『何でもいいんだって。花なんかいくらでもあんだろ』
 と返してくるのを聞くと、要するに遊びたいだけなのだとわかり、同時に、何か嫌なことでもあったんだろうかと少しだけ考えた。
『拓也が珍しいこと言うから雨になるのよ』
 もう一ヶ所、泉の携帯へ電話を入れると、彼女もまた思い切りよく言い放つ。
 ふだん皆で集まろうという時には、場所的に集まりやすい渋谷か、広くて好きなだけ騒げる純平の家に行く。それを今回は突然別の場所を出してきたので、そのことを彼女は言っているのだ。
「本人にもそう言ってやってくれ」
『そうするわ』
 輝二の言葉に笑って言って、泉は電話を切った。
 あとは放っておいても連絡は行き渡る筈だ。輝二は電話を置き、リビングを横切って行った。
 休日の遅めの朝食を母が用意している。輝一がそれを手伝うと言って、一緒にキッチンに入っていた。お互いに緊張しながらなのが見え見えでおかしかった。
「お前は手伝わないのか?」
 輝一と母とを横目に見つつ、輝二はソファに腰を下ろす。新聞を膝へ置き、父親が横から言ってきた。
「…邪魔する、の間違いだろ」
 輝二の答えに父が口許を歪めて笑う。そうしてまた新聞を目の位置まで上げた。
 父にはちょっとした癖がある。新聞なり本なり、書かれた文字を読む時、下を向いて目線を下げるのではなく、顔は正面を向けたまま印刷物の方を目に合わせるのだ。
 それでは腕が疲れるだろうと輝二は思うのだが、その点は父には気にならないらしい。もしかして眼鏡の加減か何かでその方がいい場合もあるのだろうか、と考えていたりもしたのだが、そうではないらしいことを一年くらい前に知った。…輝一も、同じ読み方をするのだ。
『変なとこだけ似てるんだよな』
 父から台所へと目を向ける。母がサラダの盛りつけを兄に指示していた。
「あの子は――」
 父の声に視線を戻す。
「ああやっていつでも、あの子のお母さんを助けてきたんだろうな」
『あの子のお母さん』という言い方は、二人の間に少し切なく響いた。勿論、俺の母さんは今そこにいる彼女だけだと輝二は思う。父にとっても同じだろうとも。
 それでも感じるのだ。父の輝一を見る目は、輝一の母が輝二を見る時の目によく似ていると。笑っているのにどこか悲しげな目だと。
「あいつ、自分の母さんのことすごく好きだから」
 軽くからかう口調になるように輝二は言う。細かい文字の並ぶ紙の向こうから、そうなのか? と父の声。
 昔から父とは、実の母の話を殆どしたことがない。幼い頃には何度も尋ねてみたが、父は一言、優しい人だったよ、と答えるだけだった。新しい母ができてからは、当然、彼女のことは口にしなかった。それは輝二にとっては辛いことだったが、辛いと言うこともできぬまま、父を許したい気持ちと継母を認めたい思いを持ち、実母から離れようとする自分を少し責めながら過ごした三年間だった。
 そうして輝一に出会い、彼の母親とも会い、父や継母との関係も良くなり、表面的には幸福なばかりになった今になって思ったりするのだ。
 どんなふうにあの人と過ごしたのだろう?
 どんなふうにあの人を愛していたのだろう?
 どうして二人は別れることになったのだろう?
 その彼女の生んだ子供と二人で暮らすというのは、いったいどんなものだったのだろう?
 父が自分を大切にしてくれたことも、元の妻を憎んだり疎んだりしていないことも知っているつもりだ。嫌いになったわけではなく、けれど別れなければならなかった理由が確かに二人の間にあったのだろう。息子にはいつか知らせるとしても、自分自身はもう二度と彼女に会わないという決意が父にはあったのだろう。だからこそ、彼女は死んだのだと言い続けたのではないのか。
 その彼が、輝一を見て言うのだ。あの子のお母さん、と。
 父さん今、どんな顔してる?
 新聞の上の角を指で摘まむ。
「――ごめん」
 父と目が合い、輝二は言う。
「いや…父さんこそ、悪かった」
 何に対する謝罪かはっきりしなかったが、輝二は何も聞かずに黙って頷いた。文字など見てはいなかったらしいぼんやりとした父の表情が、しばらく頭から離れなかった。
 ここにこうして四人で居れば、端から見て、これが本当の家族じゃないと思う人はごく稀だろう。楽しそうに仕事をこなす母親と、くつろいで食事を待つ父親。それぞれに両親にまとわりついている二人の息子。
 でも違うのだ。輝一には他に帰って行く場所がある。母のいる家に、自分が居なくても成り立つ世界がある。
 そう思う時、輝二の胸はひどく痛む。
 逆もまた然りで、輝一がいなくても源の家や輝二の生活は十分成立する。仕方がない、それは離れて暮らした十年間の結果だ。
 だから輝一を責めるつもりなんて全くない。自分の家族をどうこう言うつもりもない。多分、自分が感じているのは子供っぽいやきもちなのだ。
 ただ、それだけではない口惜しさと苛立ちがあるのも確かだった。
 分が悪い。
 一言で言えばそういうことだ。
 決して入って行けない場所、崩すことのできない関係。兄弟なのに別々に住む自分たち、兄弟だからこそ越えられない一線。
 ため息を洩らしそうになり慌てて呑み込む。
 ちらりと見遣る先で、兄はまだレタスをちぎっている。
 静かな日曜の朝。雨にしっとりと濡れる家。テレビをつけないリビングのBGMは調理の音。
 手持ちぶさたで、父の新聞を一枚横から抜き取った。
「何か輝二、じじむさいよ」
「――言うか、そういうこと」
 しばらくして気づいた兄が言い、弟が答える。肩と腹とを震わせ、新聞の陰で父が笑う。
「…笑うなよ。息子がじじぃ扱いされて嬉しいのか」
 父は声を高くして笑った。
「あら、何? 楽しそうだこと」
 にこりとして言う母に軽く肩をすくめ、輝二は先にテーブルについた。


 午後になって雨は激しさを増した。
「帰れない…」
 輝一は窓に張りついて外を眺める。少しずつ雨粒自体が大きくなってきているようで、そこ此処に当たった水滴の立てる音も時間と共に音量を上げてきていた。
「早く母さんのところに帰りたいか?」
 すかさず声が飛んでくる。振り返ると、はっきりとからかいを含んだ輝二の顔があった。
「またぁっ。別にいいだろ、母さん好きだってっ」
 輝一は頬を膨らませてみせる。そうして弟の首に腕を回して軽く絞めると、輝二はされるがままに更に笑った。
「輝二だってさ、父さんと仲良くない?」
「そうか?」
 疑わしそうに眉根を寄せ、輝二が腕の中から見上げてくる。その近さに照れそうになるのをごまかして、輝一は拗ねたように短く、
「そうだよ」
 と返した。
「輝一だって仲良くすればいいだろ?」
「それは――」
 腕を緩める。輝二が頭を上げて真横に立つ。
「…難しいよ」
 ぼそりと言うと、輝二からは何か言いたそうな視線が向けられた。続きを考えて輝一は窓の外へと目を戻した。
「個人的に輝二――俺たちの父さんが嫌いだとかそういうことじゃなくて、たぶん、父親っていうものそのものが苦手なんだよ、俺は」
 なじみがないし緊張するんだ、と付け加える。
 輝二の口が開き、けれど何の言葉も発しないまま閉じていく。濡れたガラスにその様子が薄く映るのを横目でとらえてから、彼のことも自分のことも元気づけるように輝一は口の端を上げた。
「ほら、『先生』って聞くと何かまじめにしなくちゃって思わない? お巡りさんの前を歩くときって緊張しない?そんな感じ」
 分かるような分からないような…と輝二は軽く首を傾げたが、すぐに兄に合わせるように表情を和らげた。
「母親の方がなじみがあるから、そっちと一緒に料理してる方が気が楽か?」
「――そうかも」
 目をそらし、斜め上を見遣って輝一は僅かに考えた。その答えに、くっ、と輝二が笑う。
「女好き?」
「うわっ、何その言い方っ!」
 とんでもなく心外だ、と輝一は声を上げる。輝二が弾けたように可笑しそうな笑い声を立てた。そんなふうに笑われると、また、胸の中で想いが膨らむ。
「だって俺は――」
 言いかけて、口をつぐむ。
 何だ? と目を向けた輝二がさっと笑みを引き、小さく息を吸い込む。
 俺、どんな顔してるんだろう?
 ぼんやりと輝一は考える。それだけの時間をかけて、目の前で、輝二の表情がゆっくりと変化したのだ。
 引き結ばれる唇と静かに引かれる顎。微かに細められながら、真っ直ぐ見つめ続ける眼。頭を傾け気味にして重心を移し、伸ばされる腕、頬を掠める指。
 ピリッ、と電流が流れたような感覚があった。
 輝二の指先が触れた瞬間、二人同時に瞬いてはっと体を揺らした。
「あっ…いや――」
 慌てて引いた手で、輝二は半端に落ちかかる前髪を掻き上げる。そうしてもう一方の手を腰に当てると体ごと窓へ向き直して黙り込んだ。
 火照る頬のまま輝一も窓外を見遣る。
 輝二の部屋の大きな南向きの窓からは、暗い灰色の空と道を挟んだ向こうの家並みが窺え、それより近くに目を移すと、濡れて重そうな色になった門と敷石、そして寒そうに佇む草木が視界に入った。
「広い庭なのに、桜の木はないんだね」
 ふと思って口にする。桜の咲く庭の様子を、一人、雨の中に想像する。そのあいだに少しずつ頬の熱が冷め鼓動もおとなしくなり始めたが、輝二からは変わらず沈黙だけが返る。
 何考えてるのかな…?
 輝一は不安になって顔を向けかける。その時、
「切り株ならあるぞ」
 と、静かに横から輝二が言った。
「え?」
「あの辺…角が空いてるだろ」
 庭の一角を顎で指し示す。視線を投げる輝一の目の前に腕を上げ、指先と視線とを移動させながら輝二は木々の名を兄に告げる。
 門の脇にオリーブと山椒。東の角に木蓮、建物寄りにはけやき。西に一本、ぽつりとねむの木。
 輝二の口から次々と植物名が出てくるのは少し意外な感じがしたが、東の木蓮に相対する西角の木が無いのだと、今度は輝一にもわかった。
「桜は散り方も凄いから――」
 続く言葉を輝一は待つ。
「急に悲しくなって、切ったんだって」
 誰が、とは、聞くまでもなかった。輝二の――そして自分の――父親が、だ。
「俺は見た記憶がないから、多分、父さんたちが別れてから大してたたないうちだったんだと思う」
 思ってもみなかった父の姿。考えもしなかった桜の運命。少なからずショックを受けて、輝一は弟を見つめる。
 父親はどんな顔をしてそれを輝二に語ったのだろう?
 輝二はどんな思いでそれを聞き、何を思っていま自分に話しているのだろう?
 だが、静かな横顔からは何も読み取ることができず、輝一は視線を庭へと戻した。
 それは母さんも知ってる木?
 両親がそろって見上げた木?
 幸せだった家族を知ってた木?
 一緒に育つ俺たちを、黙って静かに見ていた木?
 口に出せばきっと輝二を困らせる。それは変えられない過去の悲しい幻影でしかないから。その幻の木は広げた枝いっぱいに花をつけ、輝一の胸に数え切れないほどの薄紅の雨を降らせた。
 言葉の消えた室内に、心細さが忍び込む。
 知っているはずの道で迷子になったような、不可思議で郷愁を誘う心細さだった。
 輝二の左腕の袖口を掴む。
 ぴたりと腕が付けられ、肩が触れ合い、額が寄せられた。
 雨はますます勢いを増し、桜の切り株もねむの木も、連なる水の向こうへと姿を消した。



 電車に乗っても、家に帰り着いても、その午後の情景は輝一の中から消えなかった。キッチンのテーブルに残された母のメモをぼんやり眺めながら、心は雨にけぶる源家の庭と思いを語らない輝二の横顔とにばかり向かう。
 次に会うのは一週間後。待ち遠しいような怖いような、それは微妙な時間に感じられた。
 やがて、外の階段に足音がする。近づいてきて鍵を開け、買物袋を提げた母が現れた。
「おかえりなさい」
「ただいま。輝一もおかえり。お花見は?」
「また来週集まろうってことになった」
 そう、とほほえんだ母に、
「お茶、飲む?」
 と尋ねると、母は嬉しそうに頷いた。
『やっぱり母さんとだと落ち着く…』
 思うと同時に、輝二の声が胸に響く。
『俺は母さんじゃない』
 …わかってるよ。
 本当にわかってるんだ。だけど母さんと輝二とどっちが大事だって聞かれたらどっちも同じくらい大事だって答えるしかないし、一緒にいて似てるところを感じるのも仕方のないことだろう?
 そして、座る母を見てこうも思う。
『母さんは、どうして父さんと別れたの?』
 なんて――聞けない。
「早く日曜日にならないかな」
 聞いた母が笑う。
「もう来週の話?」
 ついさっきまで一緒にいたのにねぇ、と更に笑う。
 …からかわないでよ。
「なんか、俺…ダメだ――」
「何が?」
 テーブルに伏せた輝一には母の顔は見えなかったが、きっと軽く首を傾げてから、困ったようにそれでいておもしろそうに笑ったんだろうと思った。
 一度だけ優しく頭に手が置かれ、立ち上がる気配と食事の準備を始める音が続いた。それらはどうしようもなく自分に馴染んでいて涙が出そうだった。

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